吃音症がスポーツジムのアルバイトをした話①

私は、中学時代から思うように言葉が出なくなっていた。言いたくても口が動かないのだ。いつも通りに話せることもあったが、ほとんどつっかえつっかえで話すことが多かった。いつも通りに話せると言っても、言いやすい言葉に換えているだけなのだ。同じ意味の言葉を使って、いかにも自然に話してる風を出しているだけである。なぜ、瞬時に言い換えができるのかというと、話している途中、話す前に「あ、これは言えないな」と気づくことがあるからだ。そう思ったときはほとんどの場合、絶対に言えないので、必死に伝わる言葉を考える。

 

そんな言い換えを使い、今まで生きてきた。ただ、言い換えができないものがある。

教科書やプリントの読み上げだ。学校にいると、読まされる機会はどうしても出て来る。

わざと小さい声で話したり、わざと言い間違いをしてその場を乗り切ることが何度もあった。

エネルギーは多く消費したが。

 

読み上げは決まった文章ではあるが、多少間違えても、聞き取りづらくてもなんとかなるが、言い換えができず、しっかり話さなければいけないものがあるのをご存知だろうか。

 

名前

 

高校、大学と恥を恐れて、人と関わるのを極力避けていた。

ただ、もともと人と関わることが好き”だった”ので無意識に友達を作ろうと頑張っていた。

 

大学1年次から始めたバイトは採点バイト。人と話す必要の無いものだ。一言も話さずに終わる日なんかもあった。

 

そんな自己肯定感が低く、人生に絶望していた時、吃音についてレポートを書こうと思う機会があった。情報収集のため、図書館にある吃音に関する本を片っ端から読み進める。

すると、こんな文章があった。

 

「吃音は辛いんですけど、吃音のせいにしている人は嫌い」

 

正直、数分間その場で固まった。

その日は家に帰り、何もせずに寝た。

 

翌日、採点バイトを辞めて新しいバイトをやろうと決心した。採点バイトは2年続けていたため、特に何も言われることなくやめた。バイトを探しているとスポーツジムの求人に目が行った。私は電話で応募をし、面接を受け、採用された。

どうしてスポーツジムを選んだかというと、私はスポーツ系の学部であったので、トレーニングには興味があった。正直、トレーナーになりたいと思ったこともあるぐらいである。気がつくと、吃るトレーナーなんか必要とされないと勝手に諦めていた。やはり、「トレーニングには興味があります」は強かったのだろう

 

バイトの研修がはじまる……②へ続く

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